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禅昌寺 角館城主戸沢光盛の墓(神戸市須磨区)

          神戸

須磨区にある禅昌寺は延文年間(1356~1360)に後光厳天皇の勅令により月庵宗光禅師が開山した臨済宗南禅寺派の寺で、西摂津有数の寺院でした。室町時代には足利将軍家より寄進を受け、その後も織田信長や摂津守護荒木村重より諸役免除を受けるなどしていましたが秀吉の三木城別所氏攻めで兵火に遭い消失、その後桃山御殿より豊国亭を移築し方丈とし江戸幕府からも朱印状を発給されるなど寺格の高さを誇りましたが、残念ながら桃山御殿の遺構である方丈は明治12年の火災で焼失してしまっています。

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山門
山門は左甚五郎作と伝わります。 

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本堂   


          神戸

戸沢光盛の墓
能登守 鬼(夜叉)九郎こと戸沢盛安の弟で小田原の陣で陣没した兄盛安の嫡男政盛が幼少のために家督を継ぎ戸沢家19代当主となり九戸政実の乱などに出陣していますが、秀吉の朝鮮出兵に従い角館より肥前名護屋へ向かう途中の姫路(神戸市塩屋説も)にて疱瘡を発病し17歳の若さで亡くなり禅昌寺に埋葬されました。そのこともあってか光盛の墓石を削ると疱瘡除けのお守りになるという民間信仰があったそうです。

光盛の墓の隣にある墓は奥方のものと伝わっています。左側の五輪塔が少し大きいのでこちらが光盛の墓で右側が奥方のものではないかと思いますが、お寺の方も風化が激しく文字の判読が出来ずどちらがどちらのものなのかは分からないとのことでした。すぐお隣には日本地震学の草分け的存在である関谷清景博士のお墓があります。

光盛の跡は政盛が継いで関ヶ原の戦いでは東軍に属し、戸沢家は常陸松岡藩主を経て出羽新庄藩主となり明治へと至っています。瑞雲院にある新庄藩主戸沢家墓所は国指定史跡となっています。記事にしておりますので併せてご覧下さい。→瑞雲院 新庄藩主戸沢家墓所の記事 



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禅昌寺は紅葉寺の別名があるぐらい古くから紅葉の名所として知られたお寺でもあります。特に参道の紅葉の美しさは有名で松尾芭蕉も「友まつと見えず紅葉に一人かな」と詠んでいます。また開山堂はすずめのお宿としても知られ、軒先にはたくさんのひょうたんが吊るされています。

墓所は禅昌寺幼稚園敷地内を横切って行かねばならないことと墓には案内板など一切なく分かりにくいので檀家以外の方で参拝される場合は事前にお寺に連絡を入れた上で幼稚園が休みとなる土祝日に来てくださいとのことです。公共交通機関利用の場合は山陽電車板宿駅から徒歩20分弱、または神戸市バス禅昌寺バス停下車。

              

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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