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林崎掘割渠記碑(兵庫県明石市)

明石の林崎地域は印南野大地の東端に位置し砂礫層のために溜め池はあるものの田んぼに引く水は乏しく日照りですぐに苗は枯れ、常に旱魃に苦しんできた土地でした。そんな中、明石藩の隣にある姫路藩内では明暦2(1656)年に農業用水路である新井溝が完成、この話は林崎6ヶ村(和坂・鳥羽・林・東松江・西松江・藤江)の住民たちに大いなる刺激を与えることとなり野々上組代官伊藤次郎左衛門と庄屋11人は協議し 明石川より掘割を築き野々池まで引いてくるという案を計画、和坂の工師山崎宗左衛門に測量を依頼したところ水を引いてくることは可能であるとの結論に達し明石藩主松平忠国に工事の許可を願い出ます。忠国はあまりの大規模工事のため最初許可しませんでしたが住民たちの熱意に動かされ明暦3年10月に調査の上掘割工事の許可を出します。    

掘割工事は農民の閑散期である冬に行われ平野(現神戸市西区平野町)の明石川に付樋を設けて山裾などをジグザクに5km強の水路を設け翌年の田植え前には完成を見ます。この林崎掘割によって明石藩領内の新田開発も進み結果として藩の財政も潤うこととなり忠国は掘割の維持管理のために年一千人の人夫扶持を与えています。これが明石藩最大の土木工事事業である林崎掘割で、住民たちの熱意と努力で築かれたということで明石市では小学生の社会で必ず習うはずです。
              明石
    
林崎掘割渠記碑(明石市指定文化財)
和坂の庄屋伊藤治兵衛ら庄屋10名は掘割工事の顛末を後世に伝えるとともに水利争いが起こらないことを願い元文4(1739)年に碑を建てます。台座部分から入れると3メートル近くある大きな碑で撰文は明石藩儒者梁田 書は田原何龍の手によるものです。     

          明石

         明石

小学生の時に授業で習って他校区だけに勇気を振り絞って(笑)一度チャリで行ったことがあります(小学校の行事で野々池見学に行った際にこの校区の学校のトイレを借りたところ校舎から「帰れ!」の大合唱で歓迎してもらったことも)。その頃は玉垣で囲われた碑がぽつんと建っていて回りは草ぼうぼうってところだった記憶があるんですが今では小さな公園のようにすっかりきれいに整備されていました。それを思い出すとすでに小3か4年の時点で歴史好きだったんですね。

          明石
 
野々池
太古は旧石器時代の遺跡でしたが林崎掘割の完成により掘割から引いた水を蓄えるための溜め池となります。その後さらに時代は流れ昭和47年に市民の飲料水が不足したことから上水道池としての大改修が施され2年後に完成、現在も明石市の飲料水はここから供給されている他、池の周囲にはベンチなどが設置され市民のジョギングや散歩コース、または学校行事のマラソン大会や部活のトレーニング場として利用されています。

             



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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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