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羽賀寺 秋田実季・安東英季の墓(福井県小浜市)

       小浜

奈良時代に元正天皇の勅願で当時48歳だった行基が創建したという若狭地方を代表する寺院のひとつで、鳳凰がこの地に舞い降りた伝承から寺の名があります。創建当時は天台宗でしたが現在は真言宗のお寺で、本堂と御本尊の十一面観音像は国の重要文化財に指定されています。






羽賀寺のある若狭地方と秋田など北出羽地方の領主だった安東(秋田)氏との関係は船での交易を通じて非常に深く、永享8(1436)年に後花園天皇の勅命を受けた安東盛季が前年に消失した羽賀寺の再建に着手、11年の歳月を経て落慶した時には盛季は亡くなり息子康季の代になっていました。


       小浜
 
庫裡・開山堂


       小浜  


         小浜   
庫裡から本堂までは少し距離があります。


          小浜

           小浜

本堂(国重要文化財)
文安4(1447)年に建立された桁間5間・梁間6間、桧皮葺入母屋造。本堂内部は内陣と外陣を区別した室町時代密教様式を持っています。ご本尊の十一面観音菩薩立像(国重要文化財)は元聖天皇の御影といわれる平安時代の作品。安東愛季・秋田実季座像(福井県指定文化財)も本堂内に安置されています。

           小浜

秋田実季の墓(供養塔)
従五位下秋田城介 戦国時代に衰退し本堂などの再建もままならなかった寺はかつて勅命により寺の再建に尽力した安東氏の末裔である実季を頼り、実季もその要請に応じ木材の供出など行い現在の本堂の修復は実季の尽力によるという記述が羽賀寺縁起に見られます。関ヶ原の戦い後に秋田より常陸宍戸へ国替えになって以降も実季の手厚い寄進は続きます。

実季の墓は大坂の陣後に改易され流された伊勢朝熊の永松寺にありますが羽賀寺にも寺の修復に尽力した実季の供養塔が建てられています。



                 小浜

安東玄蕃亮英季の墓
本堂脇にある3mはあろうかという宝篋印塔です。秋田実季の実弟で大坂の陣では兄の部隊に属し出陣していますが、その後は小浜藩の家老職となっています。当時常陸宍戸藩主であった実季が羽賀寺修復に当たって英季を修復工事監督の執事として小浜に常駐させたという文献もあるので、そのまま小浜藩に仕える形になったのかもしれません。
 

また本堂前にある鐘は実季の嫡男で三春藩主俊季が寄進したもの。実季と俊季の親子仲は最悪で改易され配流された父親の行跡を息子が全て否定しそれに父親が憤るということの連続でしたが、羽賀寺も例外ではなく俊季は手厚く保護してきた父親の行いを否定するかのように寄進額を大幅に減らしそれを知った実季が憤る当時の住職に宛てた書状が現存しています。

    

         

明通寺と並ぶ若狭地方を代表する有名なお寺ですがバスなど公共交通機関が付近を含め全く通っていません。車で行かれるのが一番だと思いますが公共交通機関で小浜へ入られる場合はタクシー以外にレンタサイクルが小浜駅・東小浜駅にありますのでそれを活用するのもいいかと思います。

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戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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