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長遠寺(兵庫県尼崎市)

          尼崎

観応元(1350)年永在院日恩上人の開基と伝わる日蓮宗の寺院。京都以西で始めて建てられた日蓮宗寺院で古くは七堂伽藍に多くの塔頭を抱える規模の大きな寺院でしたが、荒木村重が信長に謀反を起こした時には村重がこの寺に逃げ込んだために焼き討ちにあっています。現在ある寺町へは大坂の陣終結後の尼崎城大規模改修に伴い他の多くの寺と同じく移されています。

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本堂(国指定重要文化財)
元和9(1623年)年に建立された桁行五間、梁間六間、入母屋造、本瓦葺の建物で国の重要文化財です。


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多宝塔(国指定重要文化財)
慶長12(1607)年の建立、方三間2層、本瓦葺で釈迦如来像が安置されています。本堂と同じく国の重文指定を受けています。

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鐘楼(兵庫県指定文化財)
寛永14(1627)年の建立。桁行三間、梁間二間、袴腰付き、入母屋造り、本瓦葺の建築で寛延3(1750)年に屋根の葺替え等を行っています。平成7年の阪神・淡路大震災で被災し屋根の葺き替えや部分修理を受けています。他に客殿・庫裏が兵庫県指定文化財の指定を受けています。


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甲賀谷又左衛門尉正長夫妻の墓
鐘楼前にあり大切にされているのが分かります。正長は江戸時代初頭にこの寺の堂宇のほとんどを寄進した大檀越ですが、元々は甲賀の忍者で池田城主池田家に仕えて最終的には家老にまで出世したそうです。池田市には戦時中ぐらいまで甲ケ谷町(甲賀谷町)という地名があったそうで屋敷がそこにあったとも考えられます。

下忍から家老まで出世したのか甲賀53家の流れを汲む人なのか詳細がほとんど伝わっていない謎の人です。彼の主家とされる池田家は摂津三守護代のひとつだった時期もありますが信長の時代に没落し関ヶ原の戦いなどでやや勢力回復するも5千石程度の旗本の上に大坂の陣勃発前に改易されており、その家の家老だった人物がこれだけのものを寄進できた財力を持っていた謎も浮上してきます。


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けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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