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御馬下の角小屋(熊本市北区)

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旧豊前街道(現在の国道3号線)沿いにある御馬下の角小屋(みまげのかどごや)はこの地の庄屋を務めた堀内(赤木)家の住宅で参勤交代で豊前街道を利用する細川・島津・相良など大名の休憩所として利用されていた家です。建物はまず北部町指定文化財となり、その後市町村合併により北部町が熊本市に編入された事に伴い現在は熊本市指定文化財となり内部は一般に公開されています。



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堀内家初代無仏は元々は松江藩に仕える武士でしたが扶持を離れ各地を流浪の末この地で帰農、商才があったのか財をなして庄屋を務めるかたわら質屋・酒造業も営むようになります。また海軍体操の考案者で戦後B級戦犯として銃殺された堀内豊秋大佐の生家としても知られています。堀内大佐は部下をかばって指揮官として罪を認めたとされ戦犯で唯一連合軍(オランダ軍)より儀仗兵が付けられ栄誉礼で送られた人物です。


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建物は店・茶の間などといった町屋建築と、御成の間・次の間・御用人の間などといった座敷の2つで構成された全国的にも貴重な建築です。2階部分は仏間や従業員の部屋となっており、現在資料館となっている離れも従業員の部屋として使われていましたが床は板張りとなっていました。

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大黒柱や梁などは非常に太く黒光りしている大変立派なもので、商家らしく梁には打ち出の小槌や宝小判などの縁起のよい彫刻が施されています。

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豊前街道に面した部分は質屋の店舗部分と町屋建築になっています。

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御成の間は藩主の休憩部屋。恇を入れて床を一段と高くしてあるのが一般的。ここは家老が利用する次の間と同じ高さですが、内部の装飾などに金を配した障壁画を描くなど次の間と差を付けています。薩摩から江戸へ上る途中の篤姫もここで休憩し敷地内の井戸水で冷やした大好物のスイカをたくさん食べたという記録なども残っているほか、御用人時代の西郷隆盛や大久保利通も利用しています。


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島津家より島津の家紋丸に十字の使用を許されましたが恐れ多いと言うことで十字の部分を突き抜けないよう変形させた家紋を堀内家は使用しています。    

              

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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