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養智院 富永佐太郎の墓(石川県金沢市)

         金沢

天長元(824)年淳和天皇の勅命により創建された真言宗の古刹でご本尊は弘法大師空海作と伝わる地蔵菩薩。戦禍などに幾度か遭い衰退する時期もありましたがそのたびに中興・再建され今日へと至っています。


正徳年間(1711〜1715)、5代藩主綱紀は現在の片町周辺の寺院に対しことごとく移転を命じましたが、綱紀の夢枕に地蔵菩薩が現れて「養智院は鬼川の守護のため永く残し置かるべし、我れ必ずこの用水を守護すべし」と誓って姿を消されました。このため養智院は外堀を兼ねた鬼川と金沢城の裏鬼門の守護のためにこの地に残されたという逸話があります。        

         金沢

鬼川延命地蔵尊
天正年間(1573~91)大野庄用水(鬼川)開削中に土中から発掘された地蔵で大同2(807)年と記されていることが伝わり、大野庄用水改作奉行冨永佐太郎(勘解由左衛門)より寄進されています。川に落ちた子供もこの寺付近で地蔵の力によって助けられるという話もあったそうです。

               金沢

冨永佐太郎の墓
加賀藩士富永家初代で2千石。富永家は三河出身で大伴家の末裔を称し小田原北条家では富永山城守政家が五家老に数えられるほどの重臣でしたが小田原北条家滅亡後に一族浪人、嫡流家など数家が徳川旗本に、それ以外に結城秀康に仕えた家などがあります。加賀藩士冨永家は嫡流が1500石前後(人持組)、それ以外に分家が数家あり菩提寺は希翁院ですが初代佐太郎の墓のみがここ養智院にあります。

前田家は北条(藤田)氏邦の身柄を預かったことも関係あるのか、松田憲秀の息子など複数の北条家旧臣が家臣となっています。


         金沢

鬼川の址碑
富永家は旗指物に鬼を描くなど代々鬼を祀ってきた家で、初期のご先祖に臆病な男がいて役行者に仕えていた鬼に弟子入りし心身とも鍛えられ勇者になったとか疱瘡神を網で生け捕りにしたとか(愛染明王が体に入り疱瘡神を叩き切った可児才蔵とほぼ同じ逸話)、金沢城下で火事が発生すると冨永屋敷より2匹の鬼が出てきて屋根に上って大きな団扇で火を消したなど、少し興味深い逸話などがあります。


          金沢

大野庄用水(鬼川)
冨永佐太郎が改作奉行として掘削した金沢城下最初の多目的用水路であり金沢城外堀の役割も果たしていました。長町武家屋敷街を流れている川が大野庄用水です。元々は水運などにも利用されており御荷川とも呼ばれていましたが掘削した富永家が代々鬼を祀る家であることから同じ読みの鬼川へ変化していったと推測できます。


         金沢

野沢凡兆の墓
金沢出身の芭蕉の門弟で向井去来とともに俳句選集『猿蓑』を編纂したことで知られています。少し変わった形の墓は五輪塔の空風輪部分を用いたものと考えられています。


墓所は施錠されていますがお寺の方に許可を取れば案内していただけます。

            

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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