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大音寺(長崎県長崎市)

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大音寺は元和3(1617)年に伝誉関徹がミゼリコルディア教会の跡地を賜り創建開山した浄土宗の寺院で、長崎奉行の帰依を得て寺地や堂宇の寄進を受け幕府からも朱印状を賜っている寺格の高いお寺で、現在もお隣にある皓台寺と本蓮寺とともに長崎三大寺のひとつに数えられています。


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松平図書頭康英の墓(長崎市指定史跡)
フェートン号事件の責任を取り自害した長崎奉行。3年前に単独で記事にしていますので詳細は割愛。康英の墓は本堂近くにあります。

以下は裏山墓所にあります。

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荒木宗太郎家墓所(長崎市指定史跡)
初代荒木宗太郎は元の名を一清という名で後に通称を惣右衛門と改めた肥後の武士でしたが、天正16(1588)年に長崎に移住し朱印船貿易商として活躍した人物です。

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荒木船の船旗はオランダ東印度会社のVOCマークを逆にした図柄であった。 宗太郎の妻は王加久戸女と称し、交趾国(ベトナム)の王族阮(ぐえん)氏の娘であった。 長崎の人達は、彼女のことをアニオさんと呼びその豪華な輿入れの様子は現在でも長崎くんちの奉納踊の随所に取り入れれている。 なお、荒木家は3代伊太郎好信から13代惣八郎春章まで西築町の乙名を務めている。


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阿蘭陀通詞中山家墓地(長崎市指定史跡)
阿蘭陀通詞は世襲制で大通詞・小通詞・稽古通詞の3役で構成されオランダとの貿易などの通訳はもちろん、我が国の蘭学発展にも大いに寄与しました。

阿蘭陀通詞中山家の墓地には中山氏一族の墓碑25基と、シーボルトの高弟であった美馬順三(1795~1825)の墓碑1基がある。中山家は始祖作左衛門が寛文3年(1663)に稽古通詞(のちに小通詞)に任ぜられて以来、8代にわたって阿蘭陀通詞を勤めたが、2代喜左衛門政純・3代喜左衛門正紀・5代作三郎武成・6代作三郎武徳は大通詞に、 8代六左衛門武和は通弁役頭取に進んでいる。 また、6代作三郎武徳は御用和蘭字書翻訳認掛として、ヘンドリック・ドゥフの指導で行われた蘭日対訳辞典「ドゥフ・ハルマ」の編纂に従事し、これを完成させた。


大音寺は一部で猫の寺といわれるぐらい猫の多いお寺で、本堂付近には複数の猫が昼寝しており参拝などに訪れる人たち相手に甘える人懐っこい猫も複数いたりします。


       
        
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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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