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晧臺寺(長崎県長崎市)

         長崎

慶長13(1608)年に肥前国相浦の飯盛山洪徳寺七世であった亀翁良鶴が創建した曹洞宗の寺院で、元和元(1615)年に佐賀玉林寺住職一庭融頓が住持を兼ねることになります。正式な山号寺号海雲山普昭晧台禅寺といいますが、これは一庭融頓が明正天皇より下賜されたものです。


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楠本瀧・楠本イネ・二宮敬作顕彰碑
この顕彰碑のすぐ上に楠本家の墓所があります。


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楠本家墓所
シーボルトお抱えの遊女であった楠本瀧、2人の間に生まれ産科医の道へ進む楠本イネなど楠本家の墓所で、シーボルトの弟子で国外追放となった師より娘イネを託され養育し医学を教えた宇和島の町医者二宮敬作の墓もあります。楠本家は現在まで続いており各代医学の道へ進まれているそうです。


裏山墓所には長崎奉行や目付、複数の唐通詞家やオランダ通詞、饅頭屋長次郎こと近藤昶次郎、日本写真の祖上野彦馬.など多くの人の墓があるのですがいざ裏山へ登ると大音寺墓所との境界が分からないぐらい広大で、一体どこに誰の墓があるのかも分からず訪れようとした人の墓は半分も行けませんでした。晧臺寺の本堂付近に1ヶ所墓所の案内板が設置はされているのですが裏山中腹辺りにも設置していただけたらありがたいのですが・・・。ただこの墓所のある裏山からの長崎の眺めは素晴らしいです。


           長崎

大音寺の松平図書頭の墓付近にいたにゃんこが裏山墓所から降りてくると晧臺寺の方へと移動してきていました。大あくび

          長崎

その後は枯れ草に擦り付けたりころんころんしたり。

            

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けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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