FC2ブログ

Entries

河村写真館(山口県山口市)

          山口

山口市の八坂神社は応安2(1369)年に大内弘世が京都祇園社を勧請したのが始まりで、その後何度か移転し現在地へは幕末に毛利氏によって移されていますが本殿は永正16(1519)年に大内義興が建てたものが現存しており国の重要文化財の指定を受けています。


           山口

           山口

この神社の敷地内に擬似洋風建築の素晴らしい建物があります。山口県下では最も古い歴史を持つこの写真館は木造2階建ての擬洋風建築で、長州藩出身の伊藤博文や山県有朋などは帰郷の際にはこの写真館で必ず写真撮影したなどという逸話もあるそうです。

そんな歴史のあるこの建物ですが建てられた年代やその経緯には不明な点が多く、一つめの説は幕末に長崎留学中に写真の技術を習得していた長州藩砲術指南役小野為八が維新後の明治8(1875)年に自身の写真館として建てたという説。2つ目の説は明治20(1887)年に同じく長州藩士だった松原繁が建てたという説。近年では後者説の方が有力となっているそうで山口県の文化財の説明なども後者説を取っています。

その後所有者が代わり河村写真館として平成の時代に入っても営業していたようですが10年ぐらい前に廃業したそうで、現在は山口県指定文化財となっていますが残念ながら内部は公開されていません。


桁行(けたゆき)11.65m、梁間(はりま)6.1mの木造2階建て、東西に増築部分を持つ瓦葺きの擬洋風建築である。2階北側に手すり子を巡らせた3連続アーチのベランダを持ち、2階の上には塔屋を載せている。また、外壁が下見板張りであること、左右対称に縦長窓を配していること、窓枠には鎧戸を取り付けていた痕跡が認められることなど、外見上、明治初期の居留地の洋風建築に通じる特色を持つ。   
 
一方、外観とは対照的に小屋組は和小屋であり地方における洋風建築の様子をよく示している。正確な建築年代は不明であるが、諸資料から明治20年(1887年)前後に旧士族の松原繁が写真館として建築したと考えられ、地方における市民生活の近代化を象徴する貴重な建造物の一つである。   

また建築当時から今日まで、所有者を変えながらもおよそ120年にわたり写真館として使用され続けたことは、国内においても他に例が無く、建築当時の原形をよく留めている一因でもある。
(山口県ホームぺージより)


            

★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。
にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村

関連記事

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


※公序良俗に反していない限り基本リンクフリーですが、ブログ内全ての画像・記事の無断使用・転載はまとめサイト含め一切固くお断りさせていただいております。

月別アーカイブ

カテゴリ

にほんブログ村

にほんブログ村

タグリスト

最新記事一覧

三田城(兵庫県三田市) Aug 10, 2020
西福寺の清水五輪塔(兵庫県明石市) Aug 02, 2020
妙福寺(兵庫県丹波篠山市) Jul 17, 2020
小田垣商店(兵庫県丹波篠山市) Jul 05, 2020
河原町妻入商家群(兵庫県丹波篠山市) Jun 29, 2020

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR