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四天王寺庚申堂(大阪市天王寺区)

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現在は四天王寺南門から数百メートル南に位置する庚申堂は我が国における庚申信仰発祥の地として知られ、普段はあまり人気がありませんが庚申の日の庚申参りには昔も今も多くの人で賑わいます。





元々は四天王寺の塔頭のひとつである庚申堂の歴史は古く、今から1300年前の飛鳥時代に様々な疫病が流行った際に四天王寺の僧毫範の夢に帝釈天の使者である青面金剛童子が現われ毫範に除災無病の力を与えるとのお告げがあり、それによって病は去っていったという言い伝えがあります。そのお告げの降りた日が大宝元(701)年正月7日の庚申の刻であったために60日おきに来る庚申の日に青面金剛童子を祀る庚申会が始まったとされます。ただ庚申信仰は中国の道教の教えで平安時代に日本へ入ってきたとされ飛鳥時代とは時代的にかなりの開きがあります。時代の流れで仏教と道教の教えが習合したと考えられますが、何点か文献を読んでいてもかなり難しかったのでここでは割愛することにします。


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本堂

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三猿堂
庚申といえば猿。申(さる)は比叡山の地主神である近江日吉大社(山王さん)のお使いとされますが庚申信仰には天台宗の修験者が関わったこともあり、これまた習合していったとされます。

三猿とは見ざる・聞かざる・言わざるの3匹の猿ですが、これは道教の教えにある人の体内に住み庚申の日に寝ている人間の体内から抜け出して天帝にその者の行った悪行を逐一報告するという三尸(さんし)の虫を封じるため、悪事を見聞きせず話さない三匹の猿を出したなどの説もあります。とにかく仏教・神道・道教などの教えがごちゃ混ぜになったと言っていいのではないかと思います。

三尸の虫からの報告を受けた天帝はその罪状に応じて邪鬼に命じてその人の寿命を縮めます。ただ寝なければ三尸の虫は体から抜け出て罪過を告げに行けないので、庚申の夜には講中の人々が集まって飲んだり食べたりワイワイしながら一夜を明かす「庚申待ち」という風習があり、寝てしまった時のためいい訳するおまじないのようなものもありました。


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庚申塔(大阪市指定文化財)
大阪各地から集められたものだそうで庚申信仰を示すものとして一括で大阪市の文化財指定を受けています。

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三猿や鶏などが刻まれており時代も江戸初期から昭和初期までと様々です。

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門前には庚申昆布を売るお店が。庚申堂では今でも庚申の日には北を向いて食べると翌年は無病息災になれるという「北向きこんにゃく」という田楽が振る舞われるほかに盗難除けの七色菓子(現在は七色守りとなって授与)、そして開運の効果がある庚申昆布が売られ庚申参りに来た多くの人々が買い求めました。

また大坂夏の陣最終決戦では現在大河ドラマ『真田丸』に登場している毛利豊前守勝永が陣を構えたのがここ庚申堂付近だとされ、真田丸にちなんだスタンプラリーのスタンプ設置場所にもなっており幟も多く立てられていました。


            

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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