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高野長英生誕の地(岩手県奥州市)

          水沢


          水沢

高野長英が生まれた場所は現在は小さな公園となっています。長英に関しては以前彼の記事で触れましたが改めてこの地にある案内板に書かれていた内容を記しておきます。

長英は、1804(文化元)年留守家臣の後藤惣介実慶と美也の子として生まれ、のち母の実家高野家の養子となり、養父玄斎から蘭学の初歩を学びました。17歳で江戸に出、吉田長淑の門に入り、長英の名を与えられ、のち長崎にむかいシーボルトの鳴滝塾に学び視野をひろめました。シーボルト事件では、多くの門下が処罰されたなかで、長英は旅にでていて難をのがれ、町医者として活躍するため留守家を離れました。その後、わが国最初の生理学「医源枢要」を、また、1836(天保7)年の大飢饉には「救荒二物考」を著わし、早生ソバの栽培を庶民にすすめるなど、民衆の願いに応える学問の方向をしめしました。1839(店舗10)年の蛮社の獄で、長英はその著書「夢物語」で幕政を批判したとの理由で永牢の身となりました。獄中にあっても、不屈の姿勢を示し、1844(弘化元)年 江戸伝馬獄舎の火事で牢を脱し、多くの門人や学者、宇和島、薩摩藩主などに守られながら訳業などつづけ、あるときは薬品をもって面相を変え、いくども名を変え潜行活動をしながら、ついに1850(嘉永3)年 江戸青山で襲われ自刃、47歳の英雄的な生涯を閉じました。 


              

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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