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宝珠寺 間嶋彦太郎供養塔(神戸市西区)

         神戸

福中城のあった場所から北200mほどの場所にある宝珠寺に福中城主であった間嶋彦太郎の供養搭と位牌が現存しています。

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間嶋彦太郎の墓
間嶋氏は播磨守護赤松氏一族の平野郷の地頭で代々彦太郎を称し、最後の当主とされる彦太郎氏勝(間嶋右兵衛尉)は長年の盟友である別所氏方に付いた父とは異なり秀吉方に付き三木城攻めに参加、天正11(1583)年に先祖伝来の地であるこの地から明石の対岸に位置する淡路岩屋城主3千石(一説に1万石)に転封となり、その後は長久手の戦いなどにも参加し京都大仏殿造営奉行を務め文禄の役では兵200を率い滞陣していますが、それを最後に公式記録からは姿を消しています。

私の手元にある『明石の史跡』(明石市芸術文化センター)では「采邑私記」の記述を根拠に文録年間に没しているとありますが、『戦国人名辞典』では関ヶ原の戦いに西軍として参加して没落し黒田如水の元に寄食とありますy。

間嶋氏は当主代々彦太郎を名乗っているので関ヶ原の戦いに西軍方で参加した(とされる)彦太郎氏勝と宝珠寺にある供養搭の彦太郎が同一人物なのかがよく分からないのですが、五輪塔には文禄二年の文字が刻まれているそうで(風化して判読できなかった)前者の説と年代的には合致していることになります。福中城主時代は一定の研究が進んでいますが岩屋城主となって以降は謎が多く、かつて淡路の一部を領した菅氏(菅達長ら)と混同している記述も見受けられるので今後の研究が待たれます。


           

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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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