FC2ブログ

Entries

本妙寺 加藤清正廟所(熊本県熊本市)

         熊本

現在の熊本の街の基礎を作った加藤清正の菩提寺本妙寺は市電本妙寺入口電停を下車し、九州新幹線の高架を潜るなど10分ほど歩くとようやく仁王門が見えてきます。この仁王門は国の登録有形文化財です。

             
         熊本

仁王門を潜ってからこれまた驚くことになります。塔頭が左右に並んでいる参道がとにかく長い。ようやく本堂が右手に見えてきますがここからが本番になります。

         熊本

それが清正が眠る浄池廟へ行くために登らなければいけない急な階段。真ん中に信者から寄進された石灯篭が並ぶ胸突雁木です。

         熊本

胸突雁木を登っている途中左手に廟らしき門が見えてきます。これが六喜廟で、清正の嫡男で清正の跡を継いで藩主となるも改易された忠広の墓があります。

         熊本

忠広は配流先である出羽鶴岡で亡くなり本墓も鶴岡にありますが彼の300回遠忌である昭和12年に本妙寺住職塩出日等上人を中心に県民有志が父清正の傍に還れるようにと加藤忠広公顕彰会を立ち上げ顕彰碑と五輪塔を建てたものです。

         熊本


江戸時代から参拝客の絶えない寺だけに胸突雁木の急な階段を登ってあと少しで浄池廟というところに宿と茶店があります。上が130年以上の歴史がある宿である廣島屋

         熊本

下が茶店である明屋。明屋は元々廣島屋と同じく旅館だった建物を使用しており、現在はその名の通り照明を扱うお店ですが茶店も兼ねています。奥にあるのは復元された常夜灯。

         熊本

ようやく清正の廟である浄池廟が見えてきます。清正の遺言により熊本城に相対しかつ深く帰依していた日真上人が隠遁し草庵を結んだ地に近いこの場所を葬られました。同時に本妙寺も廟守護のために熊本城内より移ることとなります。


         熊本

廟内の正面に清正の木像が安置してありその下に清正は葬られています。廃仏毀釈で一時廟が撤去された時期もありましたが、明治27年に再建された建物自体が清正の墓碑ということになります。

         熊本

金官の墓

廟の左右には清正に殉じた2人の家臣の墓があります。こちらは金官の墓で、この人は元々は朝鮮王朝に仕える朝鮮の役人でしたが秀吉の朝鮮出兵で先鋒を務めた清正の捕虜となり、清正を慕いそのまま清正に仕え帰化し日本式の切腹で殉じた人物です。この人のお墓の奥に行くとさらに300段の階段が有り登りきると清正の銅像があります。


         熊本

大木土佐守兼能の墓

関が原の戦い前夜に大坂屋敷詰めの家老を務め三成ら奉行衆の警戒網をかいくぐり清正の正室を無事大坂より脱出させています(司馬遼太郎『関が原』に細川ガラシャと対比するかのように書かれています)。




           
★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。

にほんブログ村

関連記事

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


※公序良俗に反していない限り基本リンクフリーですが、ブログ内全ての画像・記事の無断使用・転載はまとめサイト含め一切固くお断りさせていただいております。

月別アーカイブ

カテゴリ

にほんブログ村

にほんブログ村

タグリスト

最新記事一覧

三田城(兵庫県三田市) Aug 10, 2020
西福寺の清水五輪塔(兵庫県明石市) Aug 02, 2020
妙福寺(兵庫県丹波篠山市) Jul 17, 2020
小田垣商店(兵庫県丹波篠山市) Jul 05, 2020
河原町妻入商家群(兵庫県丹波篠山市) Jun 29, 2020

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR