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瑞巌寺 波多三河守親の墓(佐賀県唐津市)

         北波多

瑞巌寺は文和4(1355)年の創建、上松浦党の頭領的存在であった波多氏の菩提寺と伝わります。波多氏隆盛時には650石の寺領を持ち多くの僧侶を抱える大寺でしたが、文禄の役の際に波多三河守親が秀吉より軍令違反などを理由に改易されて以降衰退。その後再興・廃寺を繰り返し今に至ります。




         
        北波多

旗本百人腹切り場所
主家改易後に家臣たちは再興運動を展開するも叶わず主君三河守の菩提寺瑞巌寺にて不条理な改易を行った秀吉や讒言を秀吉に繰り返し行った寺沢広高らを激しく怨み一斉に切腹し主君に殉じたと言われています。これらの石塔はその家臣たちの墓と伝わっています。

それら壮絶な話と世間の波多氏主従への同情が相まり岸岳末孫(きしだけばっそん)という波多氏主従の祟り伝説となって民間信仰として広まり、今もこの地方に息づいています。

              
         北波多

波多親の墓(供養塔)
従五位下三河守 代々彼の墓と伝わってきたものですが供養塔だそうです。親は時代の趨勢を読みきれない人物ではあったでしょうが唐津焼の礎を築いた人物であり、また朝鮮出兵では千人の兵を3百まで減らしながら奮戦し改易後に家臣団が御家再興に動いたことを考えると決して無能な人物ではないように思えてなりません。


場所は旗本百人腹切り場所横を奥に進むと鉄塔があり(成仏できない怨霊渦巻くとされるこの場所にこんな大きな鉄塔を建てたなぁと驚きました)、さらに進んだ場所に居城岸岳城を望むかのようにポツリと立っています。上述した岸岳末孫の信仰もあり波多氏の旧領唐津市内には親の供養塔が他にも数ヶ所あります。

            
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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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