FC2ブログ

Entries

本立寺 梁田蛻巖の碑(兵庫県明石市)

        明石

本立寺は日蓮宗の寺院で初代藩主小笠原忠真の祖母延寿院(小笠原秀政の母)が松本に建立した本源寺が始まりとされています。忠真の小倉移封に伴い本源寺も小倉に移り、その後淡路刈屋浦の本妙院日種上人が旧本立寺の土地を拝領し妙圓院を建立し、後に寺号をこの場所にあった本立寺と改めています。

         明石

寺の前にある碑に刻まれている梁田蛻巖は明石藩に仕えた儒学者で、江戸時代中期に新井白石らと共に正徳の四家(他の2人は祗園南海・秋山玉山)と称されるほどの大学者です。江戸の大名の間で「明石に過ぎたるもの・・・学者の蛻巖に、馬の源八、砲の六兵衛」と囁かれていたぐらいだったそうです。ちなみに砲の六兵衛は荻野流砲術の荻野六兵衛ですが馬の源八は藩の馬術指南役でしょうか?


         明石

梁田蛻巖の碑
備中浅尾の大身旗本蒔田家の家老梁田勝秀の5男として生まれます。加賀藩や加納藩の儒者を経て48歳で桂山彩巌の推挙により明石藩主松平直常に儒者として明石藩へ招かれます。碑(墓)の撰文は嫡男が父の死を悼み刻んだものです。

ちなみに明石で生まれ育った人なら小学校で習う林崎掘割記念碑の撰文や忠度塚の玉垣を囲い碑を立てたりするなど今も彼が関わった史跡や書などが明石には多く残っています。

          明石
       
梁田家歴代の墓
蛻巖の墓を中心に嫡男藤九郎以下代々の墓もあります。

            


にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村
関連記事

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


※公序良俗に反していない限り基本リンクフリーですが、ブログ内全ての画像・記事の無断使用・転載はまとめサイト含め一切固くお断りさせていただいております。

月別アーカイブ

カテゴリ

にほんブログ村

にほんブログ村

タグリスト

最新記事一覧

三田城(兵庫県三田市) Aug 10, 2020
西福寺の清水五輪塔(兵庫県明石市) Aug 02, 2020
妙福寺(兵庫県丹波篠山市) Jul 17, 2020
小田垣商店(兵庫県丹波篠山市) Jul 05, 2020
河原町妻入商家群(兵庫県丹波篠山市) Jun 29, 2020

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR