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池上本門寺(東京都大田区)

弘安5(1282)年9月8日、日蓮上人は病のために身延を出発し常陸へ湯治へ向かう途中の9月18日に有力檀越であった池上宗仲の館へ立ち寄り宗仲の館裏山に建立された一宇を日蓮が開堂供養し「長く栄えるように」と長栄山本門寺と命名したのが池上本門寺の始まりだとされます。10月に日蓮が亡くなると宗仲は華経の字数(69,384)に合わせて6万9384坪を寺領として寄進し寺院の基礎が築かれました。




          池上

総門(大田区指定文化財)
戦災を免れた建造物のひとつで記録は失われていますが元禄時代創建と伝わっています。『本門寺』の扁額はさらに古いもので寛永4(1627)年本阿弥光悦の筆によるものだそうです(現在本物の扁額は霊宝殿に)。         

          池上

仁王門
総門を潜り清正寄進の此経難持坂の階段を昇ると仁王門が見えてきます。慶長13(1608)年に徳川2代将軍秀忠寄進の仁王門は戦前の国宝に指定されていましたが戦災で消失、現在の仁王門は昭和52年にコンクリート造で再建されたものです。



          池上

大堂
大堂も戦後に再建されたものです。最初のものは本門寺の大檀徒であった加藤清正が慈母七回忌追善供養のために建立されたもので清正が兜を着用したままでも縁の下を通れるほどで将軍家と縁の深い寛永寺や増上寺などよりも巨大なものだったそうですが宝永7(1710)年に火災で焼失、享保8年に徳川吉宗が用材を寄進し規模を縮小して再建されましたがこれも戦災で消失し現在のものは3代目となります。



                     池上

五重塔(国指定重要文化財)
関東に残っている幕末以前に建てられた4つの五重塔の中で最も古いものです。開眼供養大導師は本門寺第14世日詔聖人、大願主が正心院日幸大姉(2代将軍秀忠の乳母岡部局)、普請奉行青山伯耆守忠俊、棟梁は幕府御大工鈴木近江守長次、鋳物師は椎名土佐守吉次と江戸幕府による大掛かりな事業であったことが分かります。

それには理由があり秀忠が15歳の時に重い疱瘡に罹り熱心な法華経信者であった岡部局が池上へ日参し、篤く帰依していた日惺聖人に病気平癒の祈願を託され「心願が成就したあかつきには御礼に仏塔を寄進する」との念でひたすら祈りました。その甲斐あって秀忠は快癒し、将軍となった後その御礼と併せて武運長久を祈り慶長12(1607)年に建立。
          
          池上

彫刻を見ると十二支が3体ずつ施されています。桃山時代創建の五重塔で現存しているのはここひとつです。


本当は清正の供養塔を見に来たつもりだったんですがどこにあるのか分からず足の状態が相当悪化してきたので断念。ここも次回へ積み残しです。清正の娘が嫁いだ紀州徳川家の墓や狩野探幽の墓などもこちらにあります。力道山の墓の案内はあったんですが・・・(笑)

               


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Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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